2006年 09月 15日
うろ覚え 「中国旅行記」 (第5日目・5/1) |
(一週間ぶりの旅行記。さぁ、また気持ちを中国へ!前回は、磁州窯の地まで行き、峰峰に泊まった所まででした・・・。)
天気は、曇り。風が強い。
この日は、学生時代から鉄絵・鉄釉に魅力を感じとても好きな私にとって、特別な日です。
そうです、あの磁州窯窯跡の中の一番重要な地 「観台鎮(カンタイチン)」 に行きました。

参考に・・・磁州窯の壷(上海博物館)
そして、特別に説明・案内してくださる専門家の方をお願いしました。
名は「馬忠理(マチュリ)」先生。72歳です。
彼は、以前行われた窯跡の発掘調査に参加し、貴重なレポートを書いている人で、
磁州窯研究の第一人者です。
以下、馬先生の いろいろなお話の中から少し・・・
(定窯などの官窯ではなく) 磁州窯は民窯・・・
一般大衆のものなので、文献の記録は少ないが、
「三国志」をはじめ、いろいろな物語の中にその存在は見つけることが出来る。
そのような、資料はとても多い。
一般のものということもあり、民衆生活風景の中からの模様が多い。
特に、花模様が多く、60数種ある。
艾山蒼々 漳水洋々 ( がいざんそうそう しょうすいようよう )
昔は木がいっぱいあり、水も豊かにあった。
観台鎮には、原料・燃料・水がある。
表土の下の赤土はそのまま黒釉になる。それが、磁州窯の黒釉。

( 現在の観台鎮の風景 )
・・・等々。
ガイドさんの一生懸命の通訳を解釈しながらで、
今になりメモ帳を読んでても、意味不明なことが多いです(笑)。
『窯跡までの道は、狭く 荒れている。一応、舗装道路だが、
石炭を運ぶ大型車のせいか、デコボコ。
「これでも、すごく道が良くなった。」と、同行している加藤、太田 両先生の弁。』
・・・運転手泣かせ。車に弱い学生も、かなり辛そう。
けっして、自分では運転したくない道です。
ふと街道沿いの川へ目をやると、・・・ん?洗濯。
( あまりのゆれに、写真もブレる・・・。)
到着。
風が強く、土ぼこりも凄い。皆、マスクをしたので、とても怪しい集団になってしまいました。
一面の畑や崖・荒地・・・どこをとっても、よく見れば、陶片の山ばかり。
長い期間焼かれていただけの事とは、こういう事なのですね。
この石ころのように落ちている陶片、 よくよく見ると、
鉄釉のものやら 緑釉のものやら いろいろあります。
「あぁ、ホントに こんな所に来ているんだ・・・。」

これは、文字通り窯の跡。炉壁の跡です。

窯跡の保存の様子にも、官窯・民窯の温度差があるように思えました。
次に、磁州窯 冨田窯跡へ。
ここは、観光地施設的に整備され、それぞれの時代の窯を展示してあります。

窯の形式は、「まんじゅう窯」。
窯も構造のメモです。・・・それにしても分かりづらいですね、スミマセン(苦笑)。
この後、道中ちょっと寄り道をして、石窟などを訪ねながら、石家庄へ。
『夕食。昨夜とはうって変わって、皆元気に食事していた。(疲れからのハイテンション?)
僕も、冷たいビールをはじめ、食事を堪能。石家庄の味は、僕には食べやすい。ただ、
どちらにしても、油がつらい。』
今日の地図。

ご参考までに。
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■ 続きの投稿はこちらから・・・
うろ覚え 「中国旅行記」 (第6日目・5/2)
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天気は、曇り。風が強い。
この日は、学生時代から鉄絵・鉄釉に魅力を感じとても好きな私にとって、特別な日です。
そうです、あの磁州窯窯跡の中の一番重要な地 「観台鎮(カンタイチン)」 に行きました。

そして、特別に説明・案内してくださる専門家の方をお願いしました。
名は「馬忠理(マチュリ)」先生。72歳です。
彼は、以前行われた窯跡の発掘調査に参加し、貴重なレポートを書いている人で、
磁州窯研究の第一人者です。
以下、馬先生の いろいろなお話の中から少し・・・
(定窯などの官窯ではなく) 磁州窯は民窯・・・
一般大衆のものなので、文献の記録は少ないが、
「三国志」をはじめ、いろいろな物語の中にその存在は見つけることが出来る。
そのような、資料はとても多い。
一般のものということもあり、民衆生活風景の中からの模様が多い。
特に、花模様が多く、60数種ある。
艾山蒼々 漳水洋々 ( がいざんそうそう しょうすいようよう )
昔は木がいっぱいあり、水も豊かにあった。
観台鎮には、原料・燃料・水がある。
表土の下の赤土はそのまま黒釉になる。それが、磁州窯の黒釉。

・・・等々。
ガイドさんの一生懸命の通訳を解釈しながらで、
今になりメモ帳を読んでても、意味不明なことが多いです(笑)。
『窯跡までの道は、狭く 荒れている。一応、舗装道路だが、
石炭を運ぶ大型車のせいか、デコボコ。
「これでも、すごく道が良くなった。」と、同行している加藤、太田 両先生の弁。』
・・・運転手泣かせ。車に弱い学生も、かなり辛そう。
けっして、自分では運転したくない道です。
ふと街道沿いの川へ目をやると、・・・ん?洗濯。

到着。
風が強く、土ぼこりも凄い。皆、マスクをしたので、とても怪しい集団になってしまいました。

一面の畑や崖・荒地・・・どこをとっても、よく見れば、陶片の山ばかり。
長い期間焼かれていただけの事とは、こういう事なのですね。
この石ころのように落ちている陶片、 よくよく見ると、
鉄釉のものやら 緑釉のものやら いろいろあります。
「あぁ、ホントに こんな所に来ているんだ・・・。」

これは、文字通り窯の跡。炉壁の跡です。

次に、磁州窯 冨田窯跡へ。
ここは、観光地施設的に整備され、それぞれの時代の窯を展示してあります。


窯の形式は、「まんじゅう窯」。

この後、道中ちょっと寄り道をして、石窟などを訪ねながら、石家庄へ。
『夕食。昨夜とはうって変わって、皆元気に食事していた。(疲れからのハイテンション?)
僕も、冷たいビールをはじめ、食事を堪能。石家庄の味は、僕には食べやすい。ただ、
どちらにしても、油がつらい。』
今日の地図。

ご参考までに。
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■ 続きの投稿はこちらから・・・
うろ覚え 「中国旅行記」 (第6日目・5/2)
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by ikkannet
| 2006-09-15 01:26
| 愛知芸大

