2006年 07月 09日
鈴木藏先生の事。 |
前回の記事からの続きで・・・。
今日は、すこし長くなるかもしれません。
藏先生には、直接ご指導して頂いたと言う事は無いのですが、
私にとっては、重要な大きな存在なんです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・まだ20代の後半の頃、
私は、上絵の赤に合う「白」を探して、
白生地、白釉、白化粧・・・いろいろ試みていました。
そんなある日、日本橋三越のガラスケースに目がとまったのです。
花の形をしている水指。その白の表情に目が釘付けになり、
三越の方に頼んで、かなり長い間手にとり観させて頂きました。
『志埜水指』・・・これが、蔵先生の作品を意識的に観た最初でした。

「こんな色があるのか。・・・これに赤をのせたいな・・・。」
とりあえず目指すものが一気に具体的となり、
ドキドキしたのを今でも覚えています。
今の私の仕事は、ここから具体的に始まったのです。
でも、上絵の赤と合わせたい白い釉ということであって、
志野焼を目指す事ではないので、誤解の無い様にお願いしますね(笑)。
こうなると、密かに熱烈な一ファンとなり・・・とは言え、とても手の届かない作品たち。
素晴らしく良いのです。
柔らかな白さに包まれ そしてしっかり存在する。
いつも遠くから眺めているしかありませんでしたが・・・。
それから数年後、人間国宝になられ、「やっぱりそういう方だったんだ。」と
一人満足してた状態でした。
それから またまた数年後。
日本橋三越で個展をしている時、
ふらっと、藏先生が入っていらっしゃる姿があるではありませんか。
この日は三越で、たまたま日本工芸会の理事会があった日で、
美術画廊に先生方が、ぞろぞろと時間つぶしに みえていたのでした。
ふらっと会場を一周されて頂いている時の緊張感。
まだ当時 面識もなく、ホント緊張のあまり しっかり挨拶する事もできず・・・。
大事件がおきたのは、その数時間後。
また、藏先生が会場に現れたのです。
今度は、会場奥、正面に展示してあった大皿の前。
そして暫く御覧になった後、店員を呼んで、
「これください。」
驚きながらも、
「ありがとうございます。私が作りました望月と申します。」と ご挨拶すると、
「あ、そうですか。私が作らない手だったものですから。」と。
これが藏先生との初めての会話でした。
すごく励みになったのは言うまでもありません。
そして、忘れられない大切な思い出の一コマです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これが、私にとっては、重要な大きな存在の理由。
その後少しずつ、会話する機会も出来てきてるのですが、
いまだに、先生と会話した時は、不思議な気がしたりします。
あぁ、いつの日か何かその作品を、手に入れたいものです。
今日は、すこし長くなるかもしれません。
藏先生には、直接ご指導して頂いたと言う事は無いのですが、
私にとっては、重要な大きな存在なんです。
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・・・まだ20代の後半の頃、
私は、上絵の赤に合う「白」を探して、
白生地、白釉、白化粧・・・いろいろ試みていました。
そんなある日、日本橋三越のガラスケースに目がとまったのです。
花の形をしている水指。その白の表情に目が釘付けになり、
三越の方に頼んで、かなり長い間手にとり観させて頂きました。
『志埜水指』・・・これが、蔵先生の作品を意識的に観た最初でした。

「こんな色があるのか。・・・これに赤をのせたいな・・・。」
とりあえず目指すものが一気に具体的となり、
ドキドキしたのを今でも覚えています。
今の私の仕事は、ここから具体的に始まったのです。
でも、上絵の赤と合わせたい白い釉ということであって、
志野焼を目指す事ではないので、誤解の無い様にお願いしますね(笑)。
こうなると、密かに熱烈な一ファンとなり・・・とは言え、とても手の届かない作品たち。
素晴らしく良いのです。
柔らかな白さに包まれ そしてしっかり存在する。
いつも遠くから眺めているしかありませんでしたが・・・。
それから数年後、人間国宝になられ、「やっぱりそういう方だったんだ。」と
一人満足してた状態でした。
それから またまた数年後。
日本橋三越で個展をしている時、
ふらっと、藏先生が入っていらっしゃる姿があるではありませんか。
この日は三越で、たまたま日本工芸会の理事会があった日で、
美術画廊に先生方が、ぞろぞろと時間つぶしに みえていたのでした。
ふらっと会場を一周されて頂いている時の緊張感。
まだ当時 面識もなく、ホント緊張のあまり しっかり挨拶する事もできず・・・。
大事件がおきたのは、その数時間後。
また、藏先生が会場に現れたのです。
今度は、会場奥、正面に展示してあった大皿の前。
そして暫く御覧になった後、店員を呼んで、
「これください。」
驚きながらも、
「ありがとうございます。私が作りました望月と申します。」と ご挨拶すると、
「あ、そうですか。私が作らない手だったものですから。」と。
これが藏先生との初めての会話でした。
すごく励みになったのは言うまでもありません。
そして、忘れられない大切な思い出の一コマです。
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これが、私にとっては、重要な大きな存在の理由。
その後少しずつ、会話する機会も出来てきてるのですが、
いまだに、先生と会話した時は、不思議な気がしたりします。
あぁ、いつの日か何かその作品を、手に入れたいものです。
by ikkannet
| 2006-07-09 00:23

