2014年 02月 04日
太郎先生の事。 |

子供の頃をふと想い返すと
距離のある先生方ばかりでした。
私も求めていなかったように思いますが
義務的な最低限の会話以上に話した先生は皆無に近いです。
小、中、高校時代とおして
個人的な話の出来た先生は一人だけでした。
それでもそんなに深い人生相談のような話をした記憶はありません。
ただ、私に対して当たり前に、
自然に会話をして下さった先生でした・・・。
その先生が、先月に亡くなられていたと
高校時代の美術部の友人から今日連絡がありました。
そう、その先生は、高校時代の美術の先生でした。
池田太郎先生です。
何がきっかけか覚えてはいないのですが
高校2年になった時、
美術室に行くようになり・・・
自然、そこにいた美術部の人たちと話するようになり・・・
自然、美術部に入っていた・・・
そんな空間を作っていてくださった先生です。
高校3年の時は、
美術予備校の夜間部に通ってて
徹夜で課題をやった後
早朝、高校に行き美術室にもぐりこみ
授業が始まるまでの時間
爆睡させてもらっていました・・・。
それ以来、年賀状のやり取りは、ずーっと続き、
個展をやるようになってからは、東京の時はほとんど観に来てくださり、
幾度かは、我が家の窯でテラコッタを焼き(先生は芸大彫刻科出身でした)、
一年に一度は、美術部同期会に来てくださり・・・
私には大切な方でした。
そんな歳でもないはずなのですが・・・
何とも残念・・・残念です。
肩肘張らずマイペースで己の信じる事を進める・・・
そういう事を自然体で教えてくださった先生・・・
どうも有難うございました。
ご冥福をお祈り致しします。
画像の写生画は、
まだ絵の勉強を始める前の、
その高2の時の入部したばかりの美術部の合宿で
初めて描いた風景写生。
初めてだからスケッチブックの一枚目。
当時、まだ片田舎だった清里の山です。
ある意味、
今の私はここから始まったとも言えるのかもしれません・・・。
.
by ikkannet
| 2014-02-04 01:30
| 日常

