2011年 06月 30日
陶芸の正道。 |
去る6/19(日)に、日本工芸会東日本支部の研究会がありました。
内容は、河合正朝氏による講演会。
テーマは
『 往還する意匠 ― 絵画と工芸の間 ― 』
日頃、身の周りの草花に姿を借りながら
その 醸し出される雰囲気を、
その 感動した気持ちを
陶芸作品の上で表現している・・・
そんな私にとって、
どのような話なのか、興味あるテーマでした。
「日本の造形芸術において、絵画と工芸を分けてはいなかった。」
現代の芸術・・・絵画、彫刻などの考え、そして
それに対する工芸の区分けは西洋的な考えに基づくもの。
日本文化の展開においては
屏風や壺や皿、箱などは、
座敷を飾る調度品として
ある意味同列にあったという。
西洋の考えが入ることで
たとえば屏風は、日本画・・・絵画となり
壺や皿は工芸となったのだと。
・・・それはそうだな・・・。

たとえば、この烏の図。屏風や茶壷の図案になっている。
絵画とか工芸品だとかそういう区分けで作られていない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
古くから日本では
四季の草花を書かれたものが多いが
異なった季節、時間を同じ一つの画面に同時に表す・・・
たとえば、春の桜と秋の紅葉を一つの物に。
こういう表現は中国にも、西洋にも無かった。
それから
同じ自然を描いても
日本は花鳥図なのに対して、中国は山水図と
感覚が異なるのだとも。
・・・あまり意識していなかったけれど、なるほどなぁ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
留守模様・・・と言う考えも工芸独特の表現だというコト。
たとえば人物の出る物語の人物を描かず、
背景や持ち物のみを絵画の構図や意匠として描いたものというコトなのだが
そういう主旨での表現は日本独自のものかどうか
聞きそびれてしまった・・・。
・・・さて?私も、作品の上で
あまり鳥や動物や虫など登場させず
図案化しているのだが
留守模様と共通する意識かどうか・・・たぶん、違うのだろうな。
あまり物語の絵みたいにしていないし、
鳥や虫を主役にして感じさせようと図案考えているわけではないから・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
大雑把ですが、こんな内容の講演でした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
実は私自身は、
陶芸だから絵画だからと言うような言葉で制作しているのではなく
陶芸の肌合い・質感、素材感やその制作過程が好きで
素直に陶芸の素材と技術で表現してきました。
ですから、
絵画だから陶芸だからと 対比する事にあまり興味はないのです。
でも、
絵付け陶芸・・・特に、
古典の写し的ではない新しい試みを展開している作家があまりに少ないと思う現状の中、
「焼き物に絵付けするのは、ごく自然な展開、ある意味 正道なのですよ。」と
解釈できたこの講演は
「・・・そうだよなぁ」と、
なんだか少しスッキリしたような気持ちになったのでした。
内容は、河合正朝氏による講演会。
テーマは
『 往還する意匠 ― 絵画と工芸の間 ― 』
日頃、身の周りの草花に姿を借りながら
その 醸し出される雰囲気を、
その 感動した気持ちを
陶芸作品の上で表現している・・・
そんな私にとって、
どのような話なのか、興味あるテーマでした。
「日本の造形芸術において、絵画と工芸を分けてはいなかった。」
現代の芸術・・・絵画、彫刻などの考え、そして
それに対する工芸の区分けは西洋的な考えに基づくもの。
日本文化の展開においては
屏風や壺や皿、箱などは、
座敷を飾る調度品として
ある意味同列にあったという。
西洋の考えが入ることで
たとえば屏風は、日本画・・・絵画となり
壺や皿は工芸となったのだと。
・・・それはそうだな・・・。

絵画とか工芸品だとかそういう区分けで作られていない。

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古くから日本では
四季の草花を書かれたものが多いが
異なった季節、時間を同じ一つの画面に同時に表す・・・
たとえば、春の桜と秋の紅葉を一つの物に。
こういう表現は中国にも、西洋にも無かった。
それから
同じ自然を描いても
日本は花鳥図なのに対して、中国は山水図と
感覚が異なるのだとも。
・・・あまり意識していなかったけれど、なるほどなぁ。

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留守模様・・・と言う考えも工芸独特の表現だというコト。
たとえば人物の出る物語の人物を描かず、
背景や持ち物のみを絵画の構図や意匠として描いたものというコトなのだが
そういう主旨での表現は日本独自のものかどうか
聞きそびれてしまった・・・。
・・・さて?私も、作品の上で
あまり鳥や動物や虫など登場させず
図案化しているのだが
留守模様と共通する意識かどうか・・・たぶん、違うのだろうな。
あまり物語の絵みたいにしていないし、
鳥や虫を主役にして感じさせようと図案考えているわけではないから・・・。
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大雑把ですが、こんな内容の講演でした。
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実は私自身は、
陶芸だから絵画だからと言うような言葉で制作しているのではなく
陶芸の肌合い・質感、素材感やその制作過程が好きで
素直に陶芸の素材と技術で表現してきました。
ですから、
絵画だから陶芸だからと 対比する事にあまり興味はないのです。
でも、
絵付け陶芸・・・特に、
古典の写し的ではない新しい試みを展開している作家があまりに少ないと思う現状の中、
「焼き物に絵付けするのは、ごく自然な展開、ある意味 正道なのですよ。」と
解釈できたこの講演は
「・・・そうだよなぁ」と、
なんだか少しスッキリしたような気持ちになったのでした。
by ikkannet
| 2011-06-30 19:55

