2006年 10月 14日
うろ覚え 「中国旅行記」 (第8日目・5/4-その2) |
窯跡の後、昼食。
意外とお洒落なお店。
それにしても昼からすごい量は、相変わらずです。
食後でもコレだけ余っているのですから。
(あらためて、この写真見ると、正直、心痛みます・・・。)
午後先ず回ったところは、「孫公窑藝」というお店。
ここは、孫立新さんという若い陶芸家がやっているところで、
代々陶芸家の家だそうです。
ここで、絵付け(上絵と染付け)を実演してもらうことに。
「上絵」
やはり先日見たのと同じように、油で顔料を溶いて描きます。
焼成後は、だいぶ色味が強くなるとのことでした。
結構、ドロッとした感じでした。
『・・・先日からも気になっていたのが、上絵の具を水ではなく油で溶いているコト。
いつからそうなっているのだろう・・・。
聞いてみると、明の時代は、すでに、油だったらしい。
確かに、水と草から作った糊を使っていた時代もあったが、
いつからかは、分からないと言う。
水溶き絵の具と油溶き絵の具。
使い分けるとけっこうオモシロいかも・・・。』
「染付け」
まず、線描。
ここ景徳鎮では、リスの毛の筆を使うそうで、
穂先2.5センチくらいの長さの細い筆で描いていました。
上絵の書き出しもそうですが、この染付けの線の書き出しも、手慣れたもの。
どんどん書き進められ、とても面白いです。 だみ筆は、羊の毛です。
何気ない注目は、生生地に絵付けしていたこと。
釉薬も生掛けだと言っていました。
次は、「湖田古窯」。
ここは・・・いろいろと景徳鎮の焼き物などを展示してあったのだけれど、
考古研究所で見たものが あまりに充実してて、
こう言っては何なんですが、あまり印象のある物のの無いところでした。
その中で、展示されていて気になったもの。景徳鎮の土。
景徳鎮の土は、高嶺土と瓷石を混ぜたものなのですが、
陶芸の原料でよく使うカオリンは、もともと この高嶺から来ているそうです。 左が、高嶺土。右が瓷石です。
・・・と、ここまでが、この日の中編。
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■ 続きの投稿はこちらから・・・
うろ覚え 「中国旅行記」 (第8日目・5/4-その3)
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意外とお洒落なお店。
それにしても昼からすごい量は、相変わらずです。
食後でもコレだけ余っているのですから。
(あらためて、この写真見ると、正直、心痛みます・・・。)
午後先ず回ったところは、「孫公窑藝」というお店。
ここは、孫立新さんという若い陶芸家がやっているところで、
代々陶芸家の家だそうです。
ここで、絵付け(上絵と染付け)を実演してもらうことに。
「上絵」
やはり先日見たのと同じように、油で顔料を溶いて描きます。
結構、ドロッとした感じでした。
『・・・先日からも気になっていたのが、上絵の具を水ではなく油で溶いているコト。
いつからそうなっているのだろう・・・。
聞いてみると、明の時代は、すでに、油だったらしい。
確かに、水と草から作った糊を使っていた時代もあったが、
いつからかは、分からないと言う。
水溶き絵の具と油溶き絵の具。
使い分けるとけっこうオモシロいかも・・・。』
「染付け」
まず、線描。
ここ景徳鎮では、リスの毛の筆を使うそうで、
穂先2.5センチくらいの長さの細い筆で描いていました。
どんどん書き進められ、とても面白いです。
何気ない注目は、生生地に絵付けしていたこと。
釉薬も生掛けだと言っていました。
次は、「湖田古窯」。
ここは・・・いろいろと景徳鎮の焼き物などを展示してあったのだけれど、
考古研究所で見たものが あまりに充実してて、
こう言っては何なんですが、あまり印象のある物のの無いところでした。
その中で、展示されていて気になったもの。景徳鎮の土。
景徳鎮の土は、高嶺土と瓷石を混ぜたものなのですが、
陶芸の原料でよく使うカオリンは、もともと この高嶺から来ているそうです。
・・・と、ここまでが、この日の中編。
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うろ覚え 「中国旅行記」 (第8日目・5/4-その3)
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by ikkannet
| 2006-10-14 20:49
| 愛知芸大